中島貞夫監督「日本暗殺秘録」
至高の3/142
【映画についての備忘録その68】中島貞夫監督×千葉真一主演「日本暗殺秘録」(1969年)
日蓮宗行者井上日召(片岡千恵蔵)の元には彼の教えを学ぶために、民間青年や大学生、海軍の青年将校などが集っていた。貧困で苦しむ庶民を救おうと、国政改革を叫んで腐敗した権力者たちを標的に、一人一殺のテロを計画する。小沼正(千葉真一)は日召に従って革命を志して上京し、昭和7年2月9日本郷駒込小学校の演説会場に入ろうとした井上準之助前蔵相を殺害する―
先日、久しぶりに全編通して鑑賞しました。実は、一昨年の年末、問題作だったとかなんだとか、そんな事は一切知らず、吉田輝雄ファンになったばかりの私は、吉田輝雄@来島恒喜見たさにU-nextで鑑賞。以降、なんせ142分の長尺なので、その後はひたすらに来島恒喜パートだけ繰り返し視聴していました(いや、長尺なのはあまり関係ないか・・・とにもかくにもかっこよかったからそこだけ見たかったんです、はいw)。そしたら、諸事情によりU-nextでの視聴機会がなくなってしまい・・・。来島恒喜が観られなくなって(その区切り間違えてるって)半年以上経過した11月、東映チャンネルで放送があり、それをきっかけに久しぶりに最初から最後まで鑑賞した次第。
さて、いきなりですが、この映画の最後はこんな字幕で終わります
_/_/_/_/_/_/_/_/
そして現代
暗殺を超える
思想とは何か
_/_/_/_/_/_/_/_/
これ、観る人によっては何かしらの政治的主張を感じる人もいると思いますし、それ故に問題作のような扱いをうけたのだと思いますが(詳しくは検索すると色々出てくるのでそちらにお任せします)、私自身は娯楽作品的な映画、と感じました(暗殺が思想!?ってつっこみたくなるとこもあるしw)。
この映画は明治維新直前、桜田門外の変から二・二六事件までの、日本で起きた暗殺事件(二・二六は暗殺ってよりクーデターって感じですけど)をかなり偏った配分でオムニバス形式でつなぐ作品。上のあらすじはメインで時間が割かれている、血盟団事件のストーリーです。Wikipediaの力をかりて、この映画で取り上げられている事件と暗殺犯を演じた俳優陣をピックアップしてみます。
【血盟団事件】上記の通り
【相沢事件】相沢三郎:高倉健
【二・二六事件】磯部浅一 :鶴田浩二 /栗原安秀 :待田京介 / 村中孝次 :里見浩太郎
(この映画のクレジットタイトルは血盟団事件のメインどころの俳優さん達が単独で出たあとに、輝雄さん、文太さん、待田さんの三人+ナレーションの芥川比呂志さんが一枚で出ていて、そこもなんか色々思いを巡らしたり。この時点でそれだけの活躍をされている素敵な俳優さんが翌年を最後に映画出演が途絶えてしまうとかなんと勿体ないのだろう😢)
これとあと2つ、紀尾井坂の変(これには唐十郎さんが出ている)と星亨暗殺事件が取り上げられています。
この中で時間を割いたドラマになっているのは
・ギロチン社事件(15分くらい?)
・血盟団事件(1時間半くらい?)
・二・二六事件(30分くらい?)
の3つ(カッコ内は体感w)。それ以外の事件は暗殺犯が登場し相手を殺害するまでを描くだけ、という構成。大体1件あたり3分くらいでしょうか。健さんも、若山富三郎さんも、その3分ほどのために出ています。この作品の紹介には大体、オールスター映画、と書かれているのですが、旧作邦画に興味を持つ以前から、作品やご本人を知らなくても名前だけは聞いたことがある、という俳優さんが沢山出ており、知識が浅い私でも”オールスター映画”というのは理解できるような、豪華なキャスティング(どれくらい浅いかっていうと、まともに演技を観た人はいまだにこの作品だけ、という人が多くて、千葉真一さんですら、関根勤さんが物まねしてる人がタランティーノの映画に出るって、ホントにすごい人だったんだね、というような認識だったのですw)。
で、もっとも時間のさかれている血盟団事件のパートは千葉さん以外にも、片岡千恵蔵さん(オープニングのテロップでは片岡千恵蔵さんが一人、ドーンとトップで出ます。)、田宮二郎さん、藤純子さん、小池朝雄さんと豪華。ほかにも橘ますみさんや賀川雪絵さんと、石井作品で重要な役を演じている女優さんの姿も。なのですが・・・私的にはほかのパート部分が短く強烈な分、かえって少し退屈な時間にσ(^_^;
小沼正の実家はそこそこの規模の農家か何かのようでしたが、兄(高橋昌也)が会社の人に騙されて退職する羽目になったりで、大学へもいけなくなり、東京へ奉公に出ます(茨城出身)。奉公先のカステラ屋の主人(小池朝雄)は、昭和天皇の即位にあわせてカステラを大々的に売り出そうと設備の拡大をすすめますが、警察に賄賂を送らなかったせいで営業許可が下りず、その商機を逃し、借金をかかえて倒産。一緒に働いていたたか子(藤純子)や仲間たちもばらばらになり、たか子はカフェーの女給に身を落とします。こうして、自身も含めて真面目に働いている人が不況や不正でひどい目にあっていくなかで、井上日召に出会って感化され、血盟団事件を起こすに至る―という展開。不正に対する義憤や庶民の苦しみに心を痛めるといった美談のようにまとめられているのですが、こういう事件を起こす人の背景としては、独善的な印象も含めて想像できうる範囲。また、正は貧しい人たちを助けるための革命のはずなのに女給になったたか子に慰められたりとか、その時々で身の周りにいる女性に慰めを求めたり、何というか、理想論だけ立派で、地に足ついてないナルシストのように見えて(「青春残酷物語」を見た時の感じに近いかな)、個人の物語を描いているわりに、その動機や生き方に共感したり感情移入するようなものがないのです。暗殺犯に共感したらダメだろ、とかいうのは置いといて・・・。あと、身体弱い設定なのに千葉真一さんが全然死にそうに見えないので、そこも感情移入できないポイントだったかもσ(^_^;
ここを除く他のパートは、上記の通り、個人的な生い立ち等は描かれず、ひたすら事件を起こすにいたった背景(不況や汚職、外交姿勢への怒りなど)と暗殺シーンが描かれて、テンポ良く展開し、その割り切った描き方が面白い。長いドラマになっているギロチン社事件(高橋長英さんの真面目だけれど若さ故の危うさがにじみ出ている感じは印象的でした)と二・二六事件とその引き金となっているらしい相沢事件(健さんの、静かに現れて永田鉄山を颯爽と(?)しとめる姿は武士を観ているようなかっこよさでした)でも基本的に同様。二・二六事件などは、最後に陸軍将校が次々と銃殺刑にされる場面などは目を背けたくなるような描写です。で、私にはこれらの短いエピソードのほうがインパクトが強く面白かったので、この映画の印象は「暗殺犯をアウトローなヒーローのようにとらえて描いた、過激な暴力描写が売りのオールスターによる娯楽作品」という感想になった訳です(ヤクザ映画を得意とする東映である、と考えるとその作りは納得だし、やや退屈だった血盟団のパートも、男だらけになりそうな映画で、藤純子さんや橘ますみさん、賀川雪絵さんら、女優陣を起用する展開を用意し、華を添えるための構成と考えるとしっくりきます)。
で、その娯楽作品という印象の今作の備忘録につけた見出し。正確には3じゃなくて2.5くらいか。その意味を文章よりも雄弁に語るキャプチャをまずはご照覧下さい。
ファーッヾ(≧∇≦)142分の映画のなかのほんの3分ほどのシーン(つまり、そういうこと)ですが、もう、これを眺めるられる幸せヾ(≧∇≦)山高帽にフロックコート(そして傘もステッキのようにしてもって)のスタイルの美しくてカッコいいこと!
この輝雄さんが演じる来島恒喜のエピソードですが、同様に3分ほどで作られているほかの事件と比較すると、テイストが結構異なっています。各エピソードの暗殺シーンはおおよそ、犯人は怒りを表に出して切りかかったり銃口を向けるなど、直接相手と顔をつきあわせ、その後も返り血を浴びたり、警備・警護する側の人達と対峙します。ところがこのエピソードは、来島は外務省の門の外で「友人と待ち合わせている」といって素知らぬふりで大隈重信が戻ってくるのを待ち伏せしていて、大隈が門内に入ったところを背後から投弾して暗殺を試みる、というもの。来島は現場【門の内】のすぐ近く【門の外】にいながら犯人として疑われることもなく、皇居(だと思うんだけど)に向けて厳かに一礼をし、喧噪をよそに自らの喉を短刀でかき切り、誰にも邪魔されることなく自害します。つまり、他の事件が全体の印象としては”動的”で”泥臭い”描かれ方なのに対し、このエピソードは”静的”で”洗練された”描かれ方。どれも強烈なインパクトだった短いエピソードの中で、この印象の残り方は、性質が異なっていました。
他のどの事件、どの俳優でもなく、このエピソードに輝雄さんがキャスティングされたということに、このときの”吉田輝雄”が持っていた個性と魅力が東映のなかでも特別なものであったからなんだろうな、と想像したりします。当時の東映は任侠映画が主流であったと思いますが、その中で“異端児”であろう、石井作品の主演俳優。東映的な男臭さとは異なる、洗練された雰囲気。その一方で、それ以前の正統的な「決着」シリーズなどで表現してきた不器用で真っ直ぐなアウトローの強さと脆さ。自身が正義と信じる信念に殉じて美しく散ってみせるこのテロリストにはその両方が必要で、それを魅力的にみせてくれる。たった3分のなかに、それが写し出されていて、“至高の3/142”ということなのでありました。