T’s Line blog-映画についての備忘録-

兼業主婦が仕事と子育ての合間に見た映画などについて、さらにその合間に綴るブログです。ブログタイトルのTは好きな俳優さんのお名前のイニシャルがことごとく「T」なため。LineはTのうちのお一人の主演作、新東宝「地帯シリーズ」から拝借しています。。

清水宏監督「有りがたうさん」

 普通の人達のありのままを肯定されたような、そんな映画 

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【映画についての備忘録その44】

清水宏監督×上原謙主演「有りがたうさん」(1936年)

 

伊豆の峠を越えて走るバスの運転手の青年(上原謙)。彼は峠道ですれ違い、道を譲ってくれる人達に「有りがたう」と声をかけて走るので「有りがたうさん」と呼ばれている。

今日、彼が運転するバスには、傲慢な紳士、東京に売られていくらしい娘と彼女を駅まで送るという母、流れ者らしい美しい黒襟の女(桑野通子)らが乗り合い、道中、様々な人達とすれ違いながらバスを走らせる。

 

 

神保町シアターの「生誕115年記念 清水宏小津安二郎 ふたりの天才が残した奇跡の映画」特集で鑑賞。初・清水宏監督です。

こちら、観ようと思ったきっかけはこの下手っぴなブログに優しいコメントをくださるsmoky様。清水宏監督も小津監督と同様に日常を丁寧に描かれる監督さんであること、またこの桑野通子さんが素敵ですよ、と教えていただいて、観ようと思っていたところに神保町シアターで上映されることを知りました。そこで、「秋刀魚の味」と一緒に鑑賞できる日(ここ大事)を狙い、(そのため会社の通常スケジュールより1日早く仕事納めしてw)行ってきました!事前の知識はそれだけで観ていたら、まさかの川端康成原作(古都に続き!)、まさかのロードムービー。(これでやっと、異常性愛路線から気持ち的に引き剥がしてもらえましたw)

 

いつも長々と書いてるストーリーが今回めちゃめちゃ短いのですがwこれで十分にストーリーの紹介可能な作品。バスは伊豆あたりの山間部を走り、峠を越えて駅まで向かいます。バスに乗る人、すれ違う人、それぞれの人生を台詞を通して観る側に想像させます。

 

全部で78分という短さで、これがまた良くて。黒襟の女や東京に売られていく娘というメインの乗客の話ももちろん、バスの中からすれ違うだけの人、言葉を交わすだけの人。短いなかに沢山の人達の人生が立ち現れ、決して深く、深刻には突きつめず、「この人たちはこの後どうなるのかな」という想像をさせ、それが、各エピソードを強く印象づけ、気持ちを残します―道路工事の現場を渡り歩く朝鮮人の家族(当時はこういうことがあったんだ、という驚きと)、レコードを買ってきてほしいと有りがたうさんに頼む村の娘、バスに乗ったことのない旅芸人の家族、好きな娘が売られていってしまって気がふれてしまった男、出産のために呼び出される医者が取り上げるであろう子供たち―貧しい中に懸命に生きる人達が報われますように、と。

 

で、かと言って湿っぽいお話にならないところがこの映画のステキなところ。

“有りがたうさん”はめっちゃ好青年ですが(すれちがうニワトリさんにすら「ありがとう」と言っちゃうくらいw)、それでも自分の分をわきまえているというか、結局はバスの運ちゃん(こんな時代から運転手のことを運ちゃんと呼ぶのか!っていうw)で、自分のできることはしれていて、そのできる範囲で助けてあげる、という感じ。自分から人の人生に首突っ込んで云々、なんて人情劇みたいなことはしません。

黒襟の女は売られていく娘にかつての自分を重ねている様で彼女を気にかけているのがよく分かるのですが、彼女もまたお節介を焼く風でもなく、娘を売ることになってしまった母親を責めるわけでもなく、この母娘の決断をやむを得ないことと受け入れています。

その姿がとても自然で(普通の生活を営む人間にとっては、他人に心を寄せることはできても、実際の手助けができるわけではないと思うので)、それに対して誰かが責めるでもなく、いわゆる市井の人々の一生懸命に生きている姿というものをそのまま肯定してくれて、スクリーンに映し出しているようでした(湿っぽくなかったのは、髭の紳士の傲慢ぶりが笑いを誘ってくれたというのもあるのですがw)。

 

さてさて、黒襟の女を演じた桑野通子さん。拝見したのは「淑女は何を忘れたか」以来の2作目でしたが、自身の重ねてきた苦労と、おそらくはそれによってどこかすれてしまった自分に対して、誰かを恨む風でもなく現状を受け入れて、それでも何かぎりぎりのところで踏みとどまっている、そんな女性をとても素敵に演じておられました。だから、あの最後の展開も、”彼女ならそんな風にするよね”って言う自然な流れのように受け入れられ。魅力的な女優さんだったのだなぁ、と改めて思った次第。(上原謙さんも2作目・・・って1作目は同じく「淑女は何を忘れたか」で歌舞伎座で時子たちに見かけられるご本人とかいう一瞬だったのでwお顔をじっくり拝見するのはこれが初!・・・でしたが、さすが松竹三羽烏って感じの格好良さ。息子さんも二枚目ですが、全然種類が違っててびっくりしました)

 

 私にとっては1作目の清水宏監督作品。まだたった1作ですが、それでも神保町シアターが小津監督と同時に特集されたことの意味が分かるに十分な映画でした。

 

 【本筋と関係ないとこのメモ】

「ありがとう」のイントネーションが最初なかなかなじみませんでしたwたぶん、西日本と東日本で「ありがとう」のアクセントの位置が違うせいなのかな(西日本育ち)。高校の演劇部の時にめっちゃ直されたことを思い出しましたw

と、小津監督の作品も、台詞回しが独特ですが、こちらもかなりおっとりとした特徴的な演技をみなさんされていました。清水監督作品はみんなこんな感じなのかしら、と2作目を観るときを楽しみにしています。