T’s Line blog-映画についての備忘録-

兼業主婦が仕事と子育ての合間に見た映画などについて、さらにその合間に綴るブログです。ブログタイトルのTは好きな俳優さんのお名前のイニシャルがことごとく「T」なため。LineはTのうちのお一人の主演作、新東宝「地帯シリーズ」から拝借しています。。

清水宏監督「風の中の子供」

いっちょ前”が愛おしい。

 

あの頃映画 風の中の子供 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 松竹
  • 発売日: 2013/05/29
  • メディア: DVD
 

 

【映画についての備忘録その79】

清水宏監督「風の中の子供」(1937年)

 

小学五年の善太(葉山正雄)と小学一年の三平(爆弾小僧)の兄弟は、楽しい夏休みを過ごしていた。二人の父親(河村黎吉)は工場を経営しており、母親(吉川満子)に頼まれて父に弁当を届けたりする。三平は仲間内ではガキ大将で、勉強をそっちのけで、ターザンの真似をして「ア~ア~」と叫びながら、町中を走っては友達を呼び出し遊んでいる。しかしある日、警察が家にやってきて私文書偽造の疑いで父親を逮捕してしまう。それから、友達からは仲間はずれにされ、二人だけで遊ぶ日々。父親の疑いが晴れて帰ってくるのがいつになるのか、分からない。このままでは生活に困るため、母親は住み込みができる病院で善太とともに働くことにし、まだ小さな三平は遠くの親戚の家に預けられることになる。離ればなれになった二人。善太は一人で三平がいるふりをしてかくれんぼをして寂しさを紛らわせようとする。三平は大きな松の木に登って、家のあるほうを眺めたり、巡業中の曲馬団が家のほうへ回るとしってついていこうとしたり。あれこれと心配させ、ついに手を焼いた親戚のおばさんに、家に帰されてしまうのだが…。

 

 

 

お久しぶりの清水宏監督作品!約1年ぶりで、これが3作目。観たいなぁって思いつつなかなか見る機会が訪れず、で、今回、映画の中の子供 ─ちいさな主人公たちの、おおきな、おおきな物語/ラピュタ阿佐ケ谷 で上映されると知って、行って来ました(ラピュタ阿佐ヶ谷石井輝男特集から急旋回しすぎではwあ、でも、清水宏監督は石井監督の師匠みたいな感じですよね!)!他にも色々と観たい作品があるのですが、いかんせん、石井輝男特集の間に有休消化しすぎたのでσ(^_^;、厳選してこちらを観に行くことに。

 

そして、厳選しての今作も期待に違わず、私の思い描く清水宏監督の作品のイメージ通り。短い時間に、さらりと、だけれどもとても思いの溢れる、そういう素敵な映画でした。

 

 

映画は始まりからなんとも自然に子供達、というか男の子、か?の有り様をとらえています。オジサンが手綱をもって牛が引いている荷車の後ろのほうに三平とその友達、三人が次々と、何も悪びれる素振りもなく、ヒョイっと飛び乗っていきます。ちょっぴりの危険に面白さを感じる。そしてそこでは、大して良くない成績なのに、どっちが、上か、ってな張り合いで勝ち負けを競うwその後、オジサンに気づかれて怒られると、やっぱり悪びれる風もなく荷台からしれっと降りる。もう、間違いなく毎日のように同じことを繰り返しては怒られ、ってしているんだろうなぁ、っていう雰囲気。我が家の男の子もおおよそそんな風で微笑ましいやらおかしいやら。清水宏監督は子供をうまく使う監督、ということだそうですが、それがどういう意味なのか、このシーンで感じられたような気がしました。子役に“うまい”演技をさせるのではなくて、自然に普段の姿を出させるのが上手い、そういう監督なのだなぁ、と。

 

 

 

父親は、成績優秀な善平も、勉強ができず遊んでばかりいる三平も、そのままの姿を慈しむような人。成績の悪い三平を近所に恥ずかしい、といった母親をたしなめたり、家に居るときは兄弟二人まとめて相撲を取ったり、愛情深い父親で、ふたりともお父さんが大好き。

三平は、父親にお昼のお弁当を届けに行ったところ、部下に私文書偽造の罪を着せられ詰め寄られて社長の座を追われたところを目の前で見てしまいます。気落ちして呆然としている父親を見ながら、「今の会社を辞めるのは今よりもっと大きな工場を作るためなのだ」と理解して、信じています。それは、三平の父への信頼や愛情の表れ。

 

映画のほとんどは父親が逮捕されてしまってからの後の物語で父親と一緒のシーンは少ないのですが、こういうエピソードと、父親の姿がなくても愛情や繋がりの深さを感じさせる演出で、父、母、二人の子供たち、お互いを思いやる親子の愛情を感じとることができます。

 

なかでも、印象深かったのは、やはり自分が母親だからなのか(!?)、母と子供との二つのシーン。

一つは父親が警察に連れて行かれた日の晩の描写。寝付けないふたりは夜遅くに、門の外へ出て、星を見にいくと言って、父親が連れて行かれたほうへ歩きだそうとします。夜遅いからと二人を追いかけて出てきた母親。母親にとめられて断念しますが、しかし、とめた母も家の中へすぐに戻ることはできず、黙って三人そろって、父親の連れて行かれた方向をみつめます。それぞれが父のいないことへの不安、寂しさで胸がいっぱいで、ただ、それを口にすることでそれらがさらに大きくなってしまう。胸に秘め、じっと耐え、父は何も悪いことなどしていないと信じ、帰りを待とう。そういう思いが、そのシーンに凝縮されているように感じました。

そして、もう一つ。病院からの帰り道の三平と母親のやり取り。一度は親戚の家に預けられるも、やんちゃで心配をかけすぎたために家に返されてしまった三平。親戚はその代りに善平を預かろう、という提案をします。善平と住み込む予定だった病院へ三平をともなってあいさつに行きますが、病院の院長は三平がまだ小さいのを見て、彼では仕事は無理だから、と断ってしまいます。家族三人が生きていくには、やはり三平が親戚のうちへ戻って、母と善平とで住み込んで仕事をするしかない。母はぐっと耐えて三平にその思いを伝え、また三平も泣きわめくでもなく、その母の思いを感じとって、自分が親戚のうちへ戻ることを決意する。小さな橋の上で言葉を交わさず、三平の足元にしゃがんでうなだれている母。じっと立つ三平。そして、そこを通りぎる男性たちが二人に一瞥すると、母を守るように見返す三平。泣きじゃくりたいほどにつらいはずなのに、しっかりと立って現実を受け入れようとしている。

三平や善平のような境遇ではなくても、どの子も母親が大変そうなときはしっかりしよう、守ってあげよう、みたいな様子を見せてくれたりすると思います。小さな子供が、彼らなりに小さな体で精一杯に立って、大切なものを守ろうとする。その姿は本当に愛おしくて。そして親はまた一層強く我が子を守ろうと思うわけで、生きていくためにそうできないということに、三平の母親がどれだけ辛いのかもまた、静かに、しっかりと感じられます。直接的な言葉はないのにそれらが伝わり、描かれている。すごい(語彙力orz)。

 

 

なんだかしんみりしてしまいましたが、三平と善平の兄弟ゲンカも可愛らしいし(「前畑がんばれ!」なんてアナウンサーの真似をする善平と布団をプールにみたてて前畑さんのごとく泳ぐ三平とかいう、二人遊びもかわいかったなぁ(笑))、たらいに乗って川を流れて遊び、親戚のおじさんが馬で必死においかけてるというのに平気そうな三平とか、子供達の遊ぶシーンはほんとにイキイキとして、楽しげ。ガキ大将だった三平が父親が逮捕されたことで仲間外れにされてしまったりするあたりは大人の関係性が子供におよぼしてしまう嫌な部分もみせられたりしながら、でも、父親の罪が晴れた後の後腐れない元通りのお友達感も微笑ましく、辛い話の中で子供の明るさで何度も笑ったり。

(お父さんが帰ってきたときの、居間で大人同士で話しているところを兄弟二人で庭から「お父さん!」と何度も何度も顔出して呼んでる姿もたまらなくかわいかったな(*´ω`*))

 

 

と、いうわけで3作目の清水宏監督作品。感想書きながら過去に観た作品も思い返し、ストーリーの流れというより、一つ一つのエピソードが印象的で、それがつながれて一つの映画になっているのだなぁ、と思いました。だから、物語のありようが理屈っぽくなくて自然で、それ故に現実味があって、深く染み入ってくるんだな、なんて考えたり(たかだか三作観ただけでこんなこと書いたら、「全然ちゃうわ!」とかツッコミきそうだな(^-^;))。

 

映画とは逆になんだか理屈っぽいことを書いてしまいましたが(^-^;今回もとてもステキな映画で、「清水監督、好きだ!」をまたもや確認し、まだまだ他の作品も観よう!と思ったのでありました。

 

 

・・・しかし、「風の中の子供」というタイトルの”風の中”というのはどういうことを指してるんだろう?