T’s Line blog-映画についての備忘録-

兼業主婦が仕事と子育ての合間に見た映画などについて、さらにその合間に綴るブログです。ブログタイトルのTは好きな俳優さんのお名前のイニシャルがことごとく「T」なため。LineはTのうちのお一人の主演作、新東宝「地帯シリーズ」から拝借しています。。

小津安二郎監督「麦秋」

「まぁ、私たちはいいほうだよ」そう思ってくれていたら、と思う。

 

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【映画についての備忘録その52】

小津安二郎監督×原節子主演「麦秋」(1951年)

 

 

北鎌倉に暮らす間宮家は、周吉(菅井一郎)と妻の志げ(東山千栄子)、長男・康一(笠智衆)とその妻の史子(三宅邦子)と子供2人、そして長女・紀子(原節子)の大所帯である。

28歳になってまだ独身の紀子に、ある時、上司の佐竹(佐野周二)が、縁談を持ちかける。善通寺の名家だという縁談相手に、周吉夫婦も康一夫婦も乗り気になる。ところが相手が40歳だと聞いて、志げのほうは紀子がかわいそうだと曇った表情に。紀子の年齢もあるのだからと、康一はそんな母親を叱るのだが、とうの紀子のほうは乗り気のようでいていつまでもはっきりとした返事をせず、両親や兄夫婦を心配させるのだが・・・。

 

 

今回の小津作品は「麦秋」。娘が嫁ぐ日までの家族のありようを面白く描きながら、最後は見送る側の優しさと寂しさみたいなものを感じさせて終わるのは、これまで観た嫁入りもの(そんなくくりあるのか!?)「秋日和」とか「秋刀魚の味」と同じでした。

ただ、「麦秋」は他の二作と違って、大家族、そして1951年という、まだ、戦争の傷跡が残っている時代であるが故、また少し、映画から受ける印象も異なっていて。今と変わらない日常の風景に笑いながら、それでいて、喪失感からくる寂しさみたいなものをより強く感じさせて終わるのでした。

 

と、ちょっと寂しい出だしですが、基本的にはやっぱり、私がいメージする小津監督らしい、なんでもない日常を切り取った映画で、笑って観ている時間は多くて。

 

28歳独身の紀子。女学校時代の友達4人で集まると、独身組と既婚組で分かれて、面白おかしく言い合いになります(笑)特に同じ独身組のアヤ(淡島千景)とは、仲良くてしょっちゅう会っています。

既婚組の愚痴を聞くと、「結婚しないから自由だわ!」とからかい、からかわれた既婚組は「実績がないのに言う権利ないわよ!」なんて言っていますw鎌倉の紀子の家で4人で集まろう、と話していたのに、当日は既婚組はダンナさんの事情に引っ張られて、結局参加できなくて、”ふられちゃう”二人。この辺の感覚、昔から変わらないんだなぁ、っていう(笑)学生時代からのノリできていたのが、結婚を機に少しずつ変わっていくのは、いつの世でも女性の間では同じ事のようです。

  

なかでもめちゃめちゃ笑ったのが勇と実の兄弟。とくに弟はちょうど我が子くらいの年齢なので、クスクスし通し。

ポリポリ掻きながらぼんやりとお目覚め(笑)朝ご飯前に顔を洗いなさい、と言われると、適当に洗面所まで行って戻ってきます。戻ってくるのがずいぶん早いので(笑)洗ってないでしょ?と紀子に言われるともう一度洗面所に行き、タオルだけ濡らして戻ってきます(笑)やっぱり洗ってないことを指摘されるんだけど「嘘だと思うならタオル濡れてるからみてよ」みたいな口答えwしれっとこういうバレバレバレの嘘を言ったり。

おじいちゃんに爪を切ってもらってきちんとお行儀よくできたので、ご褒美に飴をもらうのですが、「おじいちゃんの事好きって言ったらもっとあげるぞ」と言われて「大好き」を連発して、沢山もらったあとで平気で「大嫌い」って言ってみたり(笑)

気遣いなんて頭にない子供は、実は結構大人目線でいうと残酷なことを平気でやったり言ったりするっていうことを(笑)ほんとに自然に物語のなかに入れていて、笑いを誘われるのです。

 

大人だけでケーキを食べてたら子供が起きてきて慌ててケーキを隠してみたりとか(笑)誰にでも経験のあるような日常の連続。大家族だからそれぞれの世代の面白さが描かれていて、それ故に、最後の寂しさが際立って響いてきます。

 

周吉と志げは大家族のやりくりは康一夫婦に任せ、博物館に2人ででかけたり余生を過ごす、といった感じ。紀子の結婚が決まれば大和の兄のところへ引っ越すつもりでいます。

そんな穏やかな二人の、その奥底にしまっている深い思いをわずかに見せ、そしてとても心に響くシーンがありました。それが、次男について語る場面。間宮家にはもう1人、戦争に行ったまま帰ってこない次男坊がいます。映画の最初からその影はチラチラと見えていたのですが、中盤で、次男の同級生・謙吉(二本柳寛)の母親と話しているシーンで、そのことがはっきりと、見ている側の目の前に現れます。周吉はもう帰ってくることを諦め、しげはまだどこかで生きている望みを抱き、ラジオ放送に耳を傾けている。それ以上のことは語りません。

康一は医者で間宮家もその友人たちもそれなりに豊かな生活を送っているように見えていたなかで、1951年、戦争、というものを意識させられ、当時の人たちの、豊かになっていく過程でしっかりと刻み付けられている悲しさみたいなものを突如として突きつけられたような感じがして、とても印象的なシーンでした。

 

縁談の相手が40歳だと知って紀子の心配をする志げ。紀子のことを心配して、逆にそんな志げを叱る康一。紀子が自分で決めた予想外の結婚相手に慌てて本気で心配をする家族。そんな子供たちの成長に、「自分一人で大きくなったような気でいて」とどこか寂しく思いながら子供達の意志に任せている周吉と志げ。そして、義姉だけれど本当の姉妹のように紀子のことを心配する史子や、子供たちには子供たちの理屈があるってことまで。それぞれの人物がきちんと描かれています。紀子が主役のつもりで観ていたら、気がついたら家族全員が主人公のような映画なのです。だから、紀子の結婚のあとで、その個性のある家族たちがバラバラに暮らしていくことになる喪失感をすごく感じて。。。

 

次男を失い、娘は遠くに嫁ぎ、家族の思い出のつまった鎌倉の家から離れ…。大和で暮らし始めてからの二人の気持ち。それが―「まぁ、私たちはいいほうだよ」―。周吉が志げに言った台詞です。

私はもうすでに両親はいないのですが、小津作品を観ていると、自分の親のことを思い出したり、考えることがあります。そして、今作のこの台詞。豊かな家ではなかったし、最後は生まれ育った地元を離れて大阪にいる姉のもとで暮らし…と、元気だったころとはまったく違う形になった人生の最後の数年。ただ、子供たちはそれぞれ独立して我が子を育て、一生懸命に生きています。だから、うちの両親も「まぁ、私たちはいいほうだよ」と、そう思って終わってくれていたらいいな、とこの映画を観て思ったのでした。