T’s Line blog~映画についての備忘録~

兼業主婦が仕事と子育ての合間に見た映画などについて、さらにその合間に綴るブログです。ブログタイトルのTは好きな俳優さんのお名前のイニシャルがことごとく「T」なため。LineはTのうちのお一人の主演作、新東宝「地帯シリーズ」から拝借しています。。

小津安二郎監督「風の中の牝鶏」

らしい前半とらしくない後半。時代の違いを感じた映画。

 

風の中の牝鶏 [DVD] COS-020

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【映画についての備忘録その16

小津安二郎監督×田中絹代主演「風の中の牝鶏」(1948年)

 

 

戦後間もない東京。夫・修一(佐野周二)の復員を待ちながらある一家の2階を間借りしている雨宮時子(田中絹代)は着物を売ったりしながらお金を工面し、まだ幼い息子・浩を必死に育てていた。近所のアパートには親友の秋子が住んでおり、着物を売るときはいつも秋子から隣人の織江にその口利きを頼んでいた。織江は「時子は綺麗だから、その気になれば楽に稼げるのに」と秋子に言って彼女を不愉快にさせた。

秋子のアパートから帰ると、浩が高熱を出し、慌てて病院に駆け込むと大腸カタルであるという。入院は10日間。蓄えのない時子は入院費を工面するため織江の紹介で身体を売り、入院費を工面した。仕方がないと自分には言い聞かせたが、織江から話を聞いた秋子に咎められて、激しい後悔の念にかられる。

それから間もなく、修一が復員。自分がいない間、浩は大きな病気にかかったりしていなかったか?と心配した修一に大腸カタルになって入院したことを話す。入院費の工面を心配した修一に、人から借りたのだと最初は嘘をつくが、その嘘をつき通せず身体を売ったことを話してしまう・・・。

 

神保町シアターの「生誕115年記念 映画監督 小津安二郎「をんな」たちのいる情景」特集にて鑑賞。パパのお休みの日に映画でも観てくれば?ということで、その日の仕事終わりでやっていたのがこの作品。というわけで、もっとメジャーな作品いっぱいやってたのに、これを観てきました。

 

これ以前に観ているのは備忘録をつけている「秋刀魚の味」と「お早よう」の2作品。この二つはどちらもあまりドラマチックな事が起きない、淡々とした日常を描いた映画でしたが、今作は神保町シアターの紹介にあるとおりに「異色作」のようで、先にみた2作品で私の中にできていた小津安二郎作品のイメージとは異なるものでした。

 

作品の前半はそれでも、戦後間もない苦しい生活ではありつつも母と子のよくありそうな日常を描く小津監督らしい展開でしたが、後半、夫の修一が復員して、身体を売ってしまったことを話してからは、鬱々として今との感覚の違いを感じる展開に。過去2作の「今観ても楽しい」感がどんどん薄れていきます。たとえば。。。

修一は時子に辛くあたり、大きな声をあげたりします。でも、時子は文句も言わずひたすら耐えます。もう、観ている子育て中の主婦としては修一にムカムカ。だって、切羽詰まってたんだよ!?あんたいなかったでしょうが!とか、修一の苦しみよりも時子がかわいそう!という思いが先に立ちます(^◇^;)

修一は会社の同僚(笠智衆)からも、「身体を売るより仕方なかったじゃないか」と諭されたりしますが、頭では理解してるんだけど妻といると怒鳴ってしまうんだ、と(このときの笠さんの「理解してるんなら感情じゃなくて意志をはたらかせろ」というのは名台詞だなぁと思いました)。んで、結局その日も職場から帰ると時子に辛くあたり・・・。時子はそれでもやっぱり耐えます。「あなたが苦しんでるのがつらい。私のことはぶつなり好きなようにしてくれ」と。修一はすがる時子の手を振り払って出かけようとしますが、その弾みで急な階段の2階から転落。でも、修一は駆け寄ったりはしないで、階段の中程から「大丈夫か!」と声を駆けるのみ。時子は足を引きずりながら自力で階段を上がっていきます。もうね、ここでも修一ひどいな、おまえ!最低だな!とか思ってましたσ(^_^; そしたらなんと!!階段を自力であがってきた時子に、修一が「過ぎたことは忘れて二人でやり直そう。もっと大きな愛でお互い支え合っていこう。」みたいなことを言ってきて、そして二人やり直せるね、で大団円。で、ここでも「おまえが言うな!」みたいになり(^◇^;)ということで、モヤモヤの嵐。「秋刀魚の味」の佐田啓二×岡田茉莉子DINKSとは全然違う夫婦像で、「秋刀魚の味」の夫婦には今と通じるものがあって楽しかったのですが、こちらの夫婦の形は違和感が拭えませんでした。時代的にはこういう関係が普通だったのかなぁ・・・。

 

ただ、前半は"らしい”シーンがたくさんでした。これってママあるあるだ!みたいな場面が随所に。浩をおんぶして外から帰ってきて、子供の靴を持ったまま部屋の中まで入ってきたりとか、復員してきたばかりのお父さんに知らない人っぽくなってる子供に「お母さんと一緒に買い物に行く?お父さんと遊んでる?」と聞いたら一緒に買い物に行くってなったりとかw大腸カタルになって看病してるときに「お母さんがあんこ玉なんて食べさせなければ良かったのよね、ごめんね」って言っちゃうくだり(病気になったときとかってたぶん関係ないのに、自分の行動に原因があったんじゃないかと思ってしまうんですよね)とかも、なんか、分かるわー!って場面がいっぱいで。こういう日常の風景の切り取り方はまさにイメージする通りの小津作品でした。

 

というわけで、時代的にはこういうものなのかなと、なんだか後半のモヤモヤが強く残ってしまった映画でした。Wiki観ると、色々と詳しい評論がされていたりしますが、そこまで深くは読み取る力もなく。三作目にこれは早すぎたかなσ(^_^;とりあえず、次はもっと”らしい"小津作品を観てみたいと思いました。