T’s Line blog-映画についての備忘録-

兼業主婦が仕事と子育ての合間に見た映画などについて、さらにその合間に綴るブログです。ブログタイトルのTは好きな俳優さんのお名前のイニシャルがことごとく「T」なため。LineはTのうちのお一人の主演作、新東宝「地帯シリーズ」から拝借しています。。

本多猪四郎監督「ゴジラ」

これは戦争映画だ。

 

 

【映画についての備忘録その57】本多猪四郎監督×宝田明主演「ゴジラ」(1954年)

 

太平洋の沖合いで船舶が沈没する事件が相次ぐ。大戸島の漁船が生存者を救出したとの情報が入るが、その漁船も消息をたち、若い漁師・政治だけが大戸島へと生きて流れ着く。そして、島を取材に訪れた新聞記者に、漁船が沈没した原因が巨大生物だったと語った。にわかには信じがたかったが、ある夜、その巨大生物が島を襲い、木はなぎ倒され、家屋や家畜はつぶされ、そして、政治と母親はつぶれた家の下敷きとなり、政治の家族は弟の新吉だけが生き残ったのだった。

この大戸島の被害に調査団が結成され、古生物学者の山根博士(志村喬)や助手で娘の恵美子(河内桃子)、その恋人でサルベージ機関の所長・尾形(宝田明)らで結成された調査団が大戸島に派遣される。この生物の通ったあとには三葉虫の死骸が落ちていて、足跡からは放射能が検知される。そして、彼らの前にその巨大生物ーゴジラが姿を現す。ゴジラは、密かに生き残っていた太古の生物が、繰り返される水爆実験の影響で目を覚ましたものだったのだ。

ゴジラの強大な力に人間たちは成すすべもなく、東京に上陸したゴジラは街を火の海に変えていく。その頃、山根博士の愛弟子である科学者の芹沢(平田昭彦)は、ゴジラを消滅させうる強力な“武器”を完成させていた―

 

 

ハリウッド版のゴジラがやってきて話題になっているタイミングで、初代のゴジラAmazon Primeビデオで初鑑賞しました。あの有名な音楽、ゴジラの咆哮、もう、オープニングタイトルからワクワクです。STAR WARSとかジョーズなんかも曲聴いただけでドキドキしますけど、それよりもさらに20年以上昔の日本映画。ほんと、すごい(ボキャブラリー貧しすぎw)。

 

私、子供の頃にそもそも映画に親しむ環境になかったため、ゴジラとか怪獣映画の類を観て育った記憶は皆無です。1970年代後半~1980年代前半にゴジラシリーズの制作がされていないようで、怪獣映画を観る適齢期(?)にそれらが作られていなかった、というのも大きいかもしれません(キン消しとか集める子供だったので、ドンピシャでやってたら観てたんじゃないかな、っていう)。

と、いうわけで、私にとっての怪獣映画は大人になってから観た「シン・ゴジラ」と「ゴジラ対へドラ」(これは柴俊夫さんめあてw)の二つ。それ以外で怪獣映画として平成ガメラシリーズの「ガメラ2」(これは石橋保さん目当てw)を観ただけ、という非常に乏しい鑑賞暦しかなくて、”他のゴジラ映画と比べて”、とか”怪獣映画としてどうか”、とか言う知識に基づいた感想はほぼなし。で、そういう人間が観た「ゴジラ」第1作の感想は、「こりゃ、戦争映画だわ」なのでした。

 

なぜそう感じたのかと言えば、第二次世界大戦の傷跡の生々しさ、強敵に立ち向かう集団としての人達の描かれ方、そして、志村喬さんをはじめとするゴジラに立ち向かう人の演技、そういった要素によるものでした。

 

特に大戦の傷跡の生々しさは、この時代でなければ描けないものだと感じました。ゴジラが東京に上陸するのでは、という段階での「やっと長崎から逃れてきたのに、また疎開しなければならないのか」という通勤電車での会話、銀座の松坂屋の下で迫り来るゴジラを見上げ、怯えながら「お父ちゃまの側に行くのよ」という母親とそんな母にしがみつく子供たち。死や戦争というものがすぐそばにあることが伝わってきて、怪獣映画というファンタジーを見ているというよりも、リアリティーのある物語を見たという、そういう印象が強く残ったのでした。

 

そして、海上保安庁自衛隊の、ゴジラに立ち向かって戦う人間たちの装備の貧弱さと、それに比較してのゴジラの強敵感。アナログ(って表現でいいのか?)な兵器が、「シン・ゴジラ」やら所謂SF映画を見たときのそれと比べて格段に「絶対に敵わない」というような絶望感を感じさせます。これは今の時代から観ているから感じる感覚なのかもしれませんが、なんというか、太平洋戦争の戦況が悪化していくなかで、アメリカに玉砕覚悟で向かっていく、そんな危うさを思わせるのです。さらに、ゴジラの被害にあって続々と病院に運ばれてくる人たち。戦うことのできない人達のなすすべのない―意識を失った母親と病院で離ればなれになり泣きじゃくる女の子、被害を受けた人の多さに治療が追いつかない病院―疲弊感。子供のための作品であれば、大人目線では「でも、最後は勝てるよね」みたいな流れを感じるものですが、ゴジラを前にした時の人々の無力感がヒシヒシと伝わってきて、やはりこれも、現実の戦争で勝ち続ける事などあり得ないということ、そして戦闘には華やかなヒーローが生まれるだけではなくて犠牲者もいるのだという、そういうリアルな戦いの厳しい物語を見せられているような感覚になったのでした。

 

最後に、山根博士役の志村喬さんと芹沢博士役の平田昭彦さんの演技(宝田明さんが主役なんですがσ(^_^;)。あくまでメインはゴジラ(主役はゴジラ、というのが正しいのかw)なわけですが、生物学者としての山根博士のゴジラという”生物”に対する思慮、芹沢博士の科学者としての自分が生み出したものへの責任と、それを使用することへの覚悟。スクリーンから二人の演技の真摯さが伝わってきて、ゴジラという脅威に現実味が与えられ、この映画を怪獣映画ではなくて、人の物語―つまりは戦争映画のように―にしているように思えたのでした。

 

と、なんだか深い感じの感想になってしまいましたがwもちろん、なかなか全容を現さないゴジラにどきどきさせられたり(「ジョーズ」の煽られ方はこれだな、と思いました)とか、アトラクション的な楽しみ方もたっぷり。当時、大人も子供も巻き込んで大ヒットしたのも、さもありなん、なのでした。そして、この映画、結局主役の尾形は正論言って右往左往しているだけで、「吸血鬼ゴケミドロ」の杉坂さんを思い出し、ヒーローって案外そういうものなのか?と思ったりしたことも付け加えておきますw

 

 

渡辺邦男監督「明治天皇と日露大戦争」

東宝の必読書(!?) 大作の熱意と時代の求めたもの。

 

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【映画についての備忘録その56】渡辺邦男監督×嵐寛寿郎主演「明治天皇と日露大戦争
」(1957年)

 

1904年ーロシアの極東侵略が進むなか、日本は明治天皇嵐寛寿郎)の意志のもと、開戦の道をさけ外交交渉での解決を模索する。しかし、一向に交渉をすすめる態度を見せないロシアに、日本国内も開戦の機運が高まる。そして、再交渉を打診するも回答のないロシアに、ついに明治天皇は開戦を決意。日露戦争が開戦される―

 

国立映画アーカイブ初上陸。新東宝という会社に興味をもってしまったからにはいつかは観ておかねばなるまい!と思っていた本作。去年上映されたときには観に行けなかったのですが、アンコール上映がされるということで、息子の習い事はパパにお願いして、行ってきました(その後に資料室&図書室にも寄りました(・∀・))!

 

お話の詳細は、日露戦争の開戦から終戦までを追ったものなので、あらためて書くまでもないので端折りますw

今作は経営が傾いていた新東宝大蔵貢体制になって、社長自ら製作総指揮をとった、大作&大ヒット作。これで新東宝を延命させたという作品です。新東宝の歴史の中では重要な作品(だと思う)で、吉田輝雄を入口に旧作邦画の世界に引き込まれた者としては、チェックしておかねばなりませんw

 

映画は、なるほどたしかに!という大作でした。技術とか予算とか時代的な限界はありましたが、それでも、大勢のエキストラを使い、日露戦争に突入する前の大衆の盛り上がり、旅順要塞攻略のための陸軍の戦闘の迫力、203高地の激闘、対馬沖でのバルチック艦隊との海戦(ミニチュアの特撮感は否めませんでしたが)などなど、人の熱気や決断と作戦の緊迫感、大画面に展開する激闘の迫力、そういったものが十分に伝わり、魅せるシーンは盛り沢山。

 

構成は細かい作戦の意味なんかは省かれていて、私にとっての日露戦争モノは「坂の上の雲」(NHK)なのですが、たぶん、これを見てなくて歴史的な経緯とかも分かっていなかったら、陸軍と海軍の戦いがどうつながっているのか、なぜ反目しあうのか、結構混乱しそうな作りです。本作は戦後12年で作成された映画なので、たぶん、当時の観客はそういった部分の知識というのはあるはずで、だから、省かれていたのでしょう。その分、明治天皇乃木希典東郷平八郎といった、国の命運を握っていた人物の苦悩や人間性みたいな部分が物語を紡いでいました。

 

特に明治天皇役のアラカンさんの存在感がすごい。Wikiによると日本で天皇役を演じたのはアラカンさんがお初だそう。威厳があってそれでいて偉ぶらず、部下たる大将達を信じ、戦場の兵士の苦境を思って真夏でも冬服の軍服で過ごす。皇居の庭で家族や恋人に別れをつげる若い兵士たちを見ながら、その辛さと苦しさを受け止める。戦死者が増えるにつれ「どうしても勝たなければ申し訳が立たない」という心情を訴える台詞の、こちらを納得させる重み。現人神であった天皇陛下を演じるというのは、この時代においてはものすごいプレッシャーと、そして危険(右からも左から脅迫とか来そうですし(^-^;))が伴ったんじゃないかと思いますが、アラカンさんの明治天皇、きっと誰からも文句が出なかったんではなかろうか、と思いました。

 

 乃木大将役の林寛さんも、実質主役か?ってくらいの存在感。息子二人を前線で失う話は有名ですが、死ぬ覚悟でいる次男・保典(高島忠夫さん)と陣中で向かい合ってご飯を食べるシーンは、国を守るのだという忠義心と親としての情愛の深さを感じさせらるシーンで、名演に劇場でうるうるしてしまっていたのでありました。

 

脇には保典役の高島さん以外にも、天知さん、丹波さん、宇津井さん、と新東宝でデビューした、当時は若手の皆さんがあちこちに。そのほか、たくさんのスターさんたち(お名前は知っていても顔と連動しないにわかです、すみません)がたくさんで、そういう部分でも見ていて楽しかったのですが、そのなかで、一番のかっこよさだったのが細川俊夫さん。軍服姿もよく似合い(なお、高島さんはすごい坊ちゃんな感じで兵士には見えませんでしたw)、天皇に静かに従い、その意思を組む、素敵な侍従さん。こりゃ、明治天皇の信頼も厚かったことでしょう!

 

で、見出しについて。

と、いうわけで、にわか新東宝ファン、大蔵貢社長渾身の大作&大ヒット作を観ることができて満足。大作なのは上記の通り。大ヒットって、どのくらいすごいのかって、Wikipediaみると観客動員数2000万人で5人に1人がみたそう。動員数は「千と千尋の神隠し」に抜かれるまで1位だったそうです。それだけのよく出来た作品だったのか、と言われると今観ると「そうでもないなぁ」と思う訳なのですが(まぁ、千と千尋の神隠しもそんな名作か?って思ってますけどw)、この動員数はきっと、敗戦で全てを否定された日本の人達に、明治維新からの歴史を肯定して見せてくれたことによるのではないかと思いました。自分が信じてきたもの、歩んできた歴史、当時精一杯に生きていた人達が、敗戦によってそれらが急に否定される。それはきっと、相当な衝撃だったのではないでしょうか。恐らく教養人を自負しているような人達(今で言うなら意識高い系か)にはこの映画はうけなかったんじゃなかろうかと直感的に思いますが、市井の人達にとっては、つい少し前までの自分達の姿をそこに見、それが当時の人達の気持ちに響き、この結果を生んだのではないか、と。戦後の、こういうものを大きく堂々と語れない空気の中で、サイレントマジョリティの人達が抱えていたもの、つまりは時代の求めたもの、だったのだろうな、と。(そして!おかげで会社が持ち直して、二年後に吉田輝雄がハンサムタワーズにスカウトされる時がくるわけなので、ほんと、この映画に感謝です( ̄∇ ̄))

 

 

【国立映画アーカイブの備忘録】

初上陸の国立映画アーカイブ。前身のフィルムセンターの時代も含め、初めて行って来ました。つか、こうやって古い邦画を観るようになるまで、こんな施設があるなんて知りもしなかったのですが。

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中に入ってすぐの受付で整理券をもらったあとチケットをどうやって買えばいいのかも分からなくて、受付の女性に伺ったり。(まさか、整理券もらってから、上映室に入る前に買うなんて思いもしませんでした。チケットと整理番号一緒に渡すんじゃないのねー!っていう。)映画のあとは展示室で日本映画の歴史に触れ(すでにない戦前、戦中の映画会社の歴史とかハヤブサヒデトの話とか、そしてもちろん、小津監督や清水監督なども)、図書室で2時間ほどキネ旬のバックナンバー(すっごい古いものから開架で触れられるようになっていて、1960年(「爆弾を抱く女怪盗」が1960年の公開なのでw)から順番に、輝雄さんの出演作の記事や新東宝作品を中心にw読み(それでも1962年の2月までしか読めなかった!)、映画文化に触れる楽しい時間でありました!

1960年のキネ旬の記事で映画会社各社の俳優陣について書かれたものがあり、当時のキネ旬偉い方と思われる方が新東宝についての分析をされていて、その中で「女体渦巻島」でデビューしたばかりの輝雄さんについて、「他社に負けない主演ぶりで、今作のように企画と監督が良ければ」といった記述を発見し、ひとり(心の中で)ニヤニヤとしていたのでしたw松竹大谷図書館に続き、またもやすごい場所を知ってしまったなぁ!とこちらの図書室にも通いまくりたいところであります(・∀・)

 

佐藤肇監督「散歩する霊柩車」

夫婦の愛憎劇で結末は予測不可能。

 

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【映画についての備忘録その55】

佐藤肇監督×西村晃主演「散歩する霊柩車」(1964年)

 

小柄な中年のタクシー運転手・麻見弘(西村晃)には、年の離れた妻、すぎ江(春川ますみ)がいる。年下のすぎ江は大柄で豊満な女性で、弘に飽き足らず、夫の仕事中に医師の山越(金子信雄)、初老の会社社長北村(曽我廼家明蝶)、20歳そこそこの若い男・民夫(岡崎二朗)と、浮気を重ねていた。

浮気をめぐって喧嘩の耐えない二人。喧嘩のはてに弘はすぎ江の首をしめてしまう。そしてー弘は毛利(渥美清)という男を霊柩車の運転手として雇い、山越の出席する結婚式、北村の勤める病院とすぎ江を入れた棺桶を乗せて、霊柩車を走らせる。浮気の清算として自殺したのだと、社会的に地位のある二人を強請り、大金をせしめるためにー。

 

 

平成最後での予告通りw令和最初の更新は「散歩する霊柩車」(なんで改元のめでたいタイミングでこういうチョイスになってしまうのか(笑))。佐藤肇監督がホラー映画が得意な監督さんだという事以外は予備知識なし。で、このタイトルとオープニングのおどろおどろしい音楽で、「どんなホラー映画なんだろう」と思って観ていたら、「吸血鬼ゴケミドロ」と同じく予想を裏切られ、映画は夫婦の愛憎を中心にした、物語が二転三転する、サスペンス映画の秀作なのでした。

 

 

その夫婦、西村晃さんと春川ますみさんという組み合わせが絶妙。弘とすぎ江はあきらかにアンバランスで、これだけで”二人が上手くいってない”という印象を受けるには十分。そして、その印象を上書きするように、弘のことを疎んじて自分の若さと奔放さを受け止めてくれる他の男と遊ぶすぎ江と、そんなすぎ江を咎め、喧嘩しながらも惚れていて別れられない弘、という二人のパワーバランスを最初にしっかりと見せられます。だから、こちらは物語の始まりとなる最初の霊柩車の仕掛けからまんまと騙されてしまいます。

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この映画、大金をどう手に入れるかって話なので、こちらが騙されたことに気付いた後は、いずれ二人は仲違いしていくんだろうと思いながら見ていたワケなのですが、喧嘩してはくっつき直すという二人の腐れ縁、夫婦の物語が手を変え品を変え描かれていくので、予想通りの展開に落ち着くのかどうか、どんどん分からなくなっていきます。

 

そして、強請られる側も金子信雄さんが演じていたりするので、見るからに一筋縄ではいかない感じ(お名前は昔から知っていましたが、実は俳優さんとしての姿は「吸血鬼ゴケミドロ」しか観たことありません。が、多分、そういう役者さんだろうなぁ、という雰囲気は感じます)。だから、強請りもほんとに上手くいくのかな?と勘繰りながら観ることになったのですが、こっちもやっぱり予想通りには展開していかなくて、どういう結果になっていくのかますます予測できなくなります。

 

コメディーリリーフなのかと思ってた運転手役の渥美清さんや、単なる遊び相手だと思っていた民夫(岡崎二朗さんはVシネでお見かけしていて…好きな俳優さんがよく出ているのでσ(^_^; 大体昔気質のヤクザ役なのですが(笑)若いときはこんなイケメンさんだったのか!という驚きw)まで、出てくる人物がそれぞれ重要な役割を果たしていて、映画は無駄なく、テンポよく進み、ジェットコースターにでも乗っているような感じで、監督の敷いたレールにしっかりそって、その思惑通りに楽しませてもらったのでありました。

 

そうそう、旧作邦画初心者、「水戸黄門だ!」「め組の頭の奥さんじゃん!」とか、主演のお二人の自分の中でのイメージとの差に新鮮な楽しみも感じられました(善人の代表のような黄門様しか見たことなかった西村晃さんの、まったく違った独特な雰囲気に、母が黄門様が西村晃さんになったときに違和感を口にしたのを思い出したり)。

 

自分基準だとなかなか鑑賞の候補としてたどり着かない作品にもたくさん面白いものがあることをあらためて感じ、旧作邦画の深みにますますハマっていくなぁ、と思った鑑賞後でありました。

佐藤肇監督「吸血鬼ゴケミドロ」

 (細かいところはさておき・・・)予想外に面白かった和製SF映画

あの頃映画 「吸血鬼ゴケミドロ」 [DVD]

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【映画についての備忘録その54】

佐藤肇監督×吉田輝雄主演「吸血鬼ゴケミドロ」(1968年)

 

羽田を飛び立ち伊丹空港へと向かうジェット機に爆弾が仕掛けられているという情報が入った。機長は副操縦士の杉坂(吉田輝雄)とスチュワーデスの朝倉(佐藤友美)に乗客に悟られないように手荷物検査をするように指示する。訝しがりながらも手荷物検査に協力する乗客たちのなかに一人、荷物を持ち込んでいないという男がいた。その男の荷物と思われるものが機内の別の場所から見つかり、中からライフルが発見される。男は寺岡(高英男)といい、彼はかねてよりニュースとなっていた外国大使を暗殺した犯人だった。

ライフルを機長につきつけ、行き先を変更するように要求する寺岡。通信機も破壊し、飛行機は孤立する。そのとき、突然光体と接触し、見知らぬ山中に不時着する。生き残ったのは、杉坂、朝倉、大物政治家の真野(北村英三)、精神科医百武(加藤和夫)、夫をベトナム戦争で亡くし、岩国基地まで遺体を引き取りに行くのだというアメリカ人女性ニール(キャシー・ホーラン)、軍需企業会社の重役徳安(金子信雄)と法子(楠侑子)夫婦、生物学者佐賀(高橋昌也)、自殺志願の青年松宮(山本紀彦)そして、寺岡だった。

他の生存者たちを銃で脅し、朝倉を人質として逃走した寺岡は、山中でオレンジ色に輝くUFOを発見し、取りつかれた様に中に入っていく。すると、寺岡の額が裂け、そこからアメーバ状の宇宙生物ゴケミドロが侵入する。その恐怖に意識を失って倒れてしまった朝倉を見つけ、飛行機へと連れ帰った杉坂。彼女は百武の催眠術により、自分の目撃した光景を語る。機体の外には暗殺者がいて、救援がくるのかどうかも分からず、得体の知れない生物に襲われるかもしれないとう追いつめられた状況に、生き残るために剥き出しのエゴと正義がぶつかる―。

 

平成最後の記事になりそうですが、そんなことは関係ないとばかりに今回の備忘録は「吸血鬼ゴケミドロ」を選んでしまいました(笑)本作と同じ佐藤肇監督の「散歩する霊柩車」を拝見する機会をいただいたのと(これは令和最初の記事になるかも(笑))、ちょうどGoogleさんのクレジットがたまったので、輝雄さんご出演作を何か購入しよう♪と思って、「今年の恋」も「秋刀魚の味」も既に手に入れているしで、「じゃあ、今回はこれ!」ということで購入して久しぶりに観たので書こうかな!ということで。

吸血鬼ゴケミドロ」は輝雄さんファンになりたて(∀)の頃にちょうどAmazon primeビデオで配信されていて、ほぼ知識のないまま観たのですが、高さんのメインビジュアル=DVDジャケ写とタイトルにちょっとなめてかかったら(いや、だって、何も知らなかったらこの要素は子供だましのホラー映画かなって思うよねぇ)、今からだと如何ともしがたい特撮のチープ感とか、設定の細かいつっこみどころはありつつも、なかなか面白い作品で、見終わった後は満足感のあった作品(そしてちょっとヘビー)。カルト映画枠なんだろうけど、ネット上にも沢山のコメントや評価がされてるのも納得、という感じでした。

 

で、この映画の面白さがどこにあったかというと、生き残った者たちによる密室(でもないけど)劇と、予想外にダークな結末(SF要素関係ないじゃんw)。

 

とにかく、乗客がみんな濃すぎ。

ゴケミドロに最初に入られちゃう高英男さんについては、もう、申し分なしw逆にこの人じゃなかったら誰ができるのかと思うくらいゴケミドロに入れらそう感(何それw)満載。

そして”いかにも”な悪徳政治家・真野と、こちらもいかにも出世しか考えてなさそうな悪徳商人・徳安、そして出世のために真野に愛人として差し出された法子、という3人は、もう、サスペンス映画の愛憎劇かっていう、濃い設定。そこらへんの背景は機内の台詞と演技で処理されるんで、自分を出世の道具に使った夫にあてつけのように真野といちゃつく法子とか、もう演技めっちゃ濃い!暑苦しいくらい(^-^;)んでまた、楠侑子さんのエロいこと。真野と徳安の二人はとくに、もともと欲の強い二人、という感じなので、極限の状態に置かれてさらにエゴむき出し。北村英三さんと金子信雄さん(お二人ともこれ以外できちんと拝見したことはないのですが)二人の、すごい演技合戦です。

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濃いw

生物学者佐賀役の高橋昌也さんも、妙に説得力があって、「宇宙生物実在論というのがある。。。」と、取って付けたような学説も、高橋さんがいうと本当にありそうに聞こえてきます。んで、高橋さんは正義の側の人間でありつつ、学者としての探究心で人としての道をはずしてしまったり…という危うさもあって、これがまた高橋さんの書生のようなたたずまいによくあっているのです。

ニール役のキャシー・ホーランさんも英語の台詞回しのよしあしはよく分からないけれどσ(^_^;脆い人物像を最初から感じさせます。

精神科医としての好奇心が前面に出てきてマッドサイエンティストのような趣の百武と、自分のことしか考えてなさそうな青年・松宮はちょっと、この四人が強烈すぎて(笑)割食ってますが、加藤和夫さんも山本紀彦さんもやっぱり濃いです(笑)

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このハンサムがこの距離とか役得だぞ(・◇・)

で、我欲丸出しの真野、安武に対して、ニールは夫をベトナム戦争で亡くしたことで、反戦を叫び、暗殺犯である寺岡を助けてやろうという博愛主義的な人物です。ところが、いざ自分がゴケミドロの犠牲になるようにと真野たちに強要されると、生き残るために杉坂に銃口を向けます。博愛主義とかヒューマニズムとか、大抵の人にとっては“自分は安全圏にいる”という状況でのみ発揮される綺麗事、安っぽいヒューマニズムを掲げているのは、そういう本能を見ないようにしているだけだぞ、みたいな強烈な皮肉を感じさせます。

 

こういう人達に対峙する正義漢が杉坂。…なんですが、彼は正論を言って正しい行動をとりますが、事態を打開する術を持ちません。できることはひたすら救援を信じて待つこと。そのためにも生き残った者たちが協力するべきであると、この個性の強い乗客たちを何とか飛行機にとどめ、まとめようとします。それ以外は、ほんとに何にもできない。スーパーヒーローでも何でもなくて、異常な状態におかれた普通の人です(ただしすごいイケメン)。そして、主人公が普通の人であることも、この映画を見終わった後に見ごたえがあったなぁ、と感じた要因にもなっていて、この映画の結末の、全くもってすっきりしない、終末とか末法とかいうような、どうしようもない事態の絶望感がハッキリと立ち現れるのです(万が一、この備忘録がきっかけで見る人がいた場合のため、詳しくは書かないでおきますw)。

 

細かいところでは、つっこみしながら見たのですが。。。つっこみどころが多かったので書き出しちゃいます!(おい!)

反戦とか原爆とか、示唆的なんだけど、ちょっと取って付けたような無理矢理感。

・UFOがいかにもUFOだよ!!みたいなデザインだったりの、全体的にチープな特撮(時代的にこれが限界なのかしら?)

・飛行機の操縦席に閉じ込められた松宮が叫んでいるのに、構わず朝倉を介抱する杉坂さん。そしてちょっといい雰囲気な二人w

・なんで飛行機のそばにガソリンがポリバケツにむき出しでいれてあるんだ?

・そもそも不時着した飛行機で待機してたほうが危なくない?爆発するかもよ?

・・・とか、きりないんですけどw

まぁ、そういうところには目を瞑れば(あ、こういうの探しながらでも(゜∀゜))、映画としては十分に楽しい。理論的に破綻してる映画は認めない!みたいな人には向いてないですが。

 

そして、エンディング。ゴケミドロから逃れて走る杉坂と朝倉。二人は高速道路に出てくるのですが、これが時代的なものか、まだ色々と建設途中な剥き出しの山とか、今とはずいぶん違った高速道路の外側の風景が見える作りになっています。料金所も時代なりのシンプルな作りで英語表記しか見えません。これがなんだか、私にはアメリカ映画に出てくる殺風景な田舎のようにも見えて、逃げた二人の迷い込んだ別世界に感じられて、更なる不安感を煽られたり。

 

グレーの地球の写る最後まで、色々こみで、全然子供向けじゃなかった「吸血鬼ゴケミドロ」。タランティーノが影響を受けた(キル・ビル作るときに「ゴケミドロに出てくる空の赤い色にしろ」とか言ったらしい)とPRされてますけど、まぁ、そんなことは全く関係なく(笑)今の技術でリメイクして作ったら、「フラッシュ・ゴードン」作りたくて「スターウォーズ」ができちゃったみたいに、十分今でも通用する作品なんじゃないかなぁ、と思いました。

 

で、輝雄さんご出演作品なので、今回も映画の本筋と関係ない備忘録(∀)

杉坂さんは終始パイロットの制服なので、正統派のハンサムさんぶりを発揮。

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正しくハンサムです。

 

朝倉くん役の佐藤友美さんもキレイで、このツーショットは◎です。

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朝倉くんの表情、杉坂さんのことが好きな様子。


1968年は石井輝男監督が異常性愛路線を撮りはじめた年。なので、この年からの輝雄さんのフィルモグラフィーは「続・決着(おとしまえ)」のめちゃめちゃかっこいい譲二さんを演じたあとは、変な状況に巻き込まれる常識人、みたいなポジションの役が多くなります(^◇^;) そんな中でもゴケミドロの杉坂さんは正統派なハンサムさんなのですが、どういうわけだか、石井作品における輝雄さんのかっこよさが別格で(笑)、杉坂さん見ながら輝男×輝雄コンビの化学反応というか、石井作品の世界における吉田輝雄の融和性の高さみたいなものを感じ、(たぶん、ハンサムタワーズで一番のf^-^;)デビューしたてで演技のできない新人を、敢えて選んだ石井監督の感度の良さに、あらためて感謝したりするのでありました。

番匠義彰監督「泣いて笑った花嫁」

美男美女と芸達者さんたちのいいバランス。

 

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【映画についての備忘録その53】

 番匠義彰監督×鰐淵晴子・倍賞千恵子吉田輝雄主演「泣いて笑った花嫁」(1962年)

 

浅草の玩具問屋の一人息子・杉山俊男(吉田輝雄)は、問屋の仕事とかけもちで歌劇団で演出助手をしている。父・常造(佐野周二)には内緒にしていたが、いよいよ演出家として独り立ちすることが決まり、常造に打ち明けることに。しかし、案の定、常造とは喧嘩となり、家を出ることに。俊男はひとまず劇場の楽屋で寝泊まりすることにし、劇団員でダンサーである早苗(倍賞千恵子)や問屋の番頭である文吉(桂小金治)が彼を心配して楽屋にやってくるのだった。

文吉が探してきたアパートに引っ越した俊男。その部屋の隣には美大生の岡本京子(鰐淵晴子)が住んでいて、彼女は偶然にも常造がアルバイトで雇たっばかりの学生だった。互いに顔をあわせ、挨拶をし、京子は舞台の初演出にむけて台本を書く俊男に、差し入れをしたりと親しくなっていく。

常造は、京子がかつて自分が奉公していた京都の老舗呉服問屋の孫娘であることに気づき、何かと京子を気にかけていた。京子の母である政代(高峰三枝子)とはかつて恋仲だったが、祖母のはつ(沢村貞子)に認めてもらえず、それぞれ別の相手と結婚したのである。

一方、俊男は舞台で早苗をソロに抜擢するつもりで台本を書きすすめている。自信がないという早苗を励まし、頑張ろうと言う俊男。早苗も俊男に想いを寄せていて、俊男の初演出の舞台に向けて練習に励むのだが、京子の存在に不安が募り・・・。

 

 

1961年に新東宝がなくなって松竹に移籍した輝雄さん。1962年は1月公開の「今年の恋」に始まって11本の映画にご出演されていて、1年の締めくくりの作品が12月公開の「泣いて笑った花嫁」。大忙しです!「求人旅行」の前に倒れて入院されていたようですので、それがなかったら月一本ペースですやん!26歳の輝雄さんがめちゃめちゃ頑張ってお仕事してくれたおかげで、今こうしてカッコイイ(つか、この年は美しいんだ(っ´ω`c))姿がフィルムに収められていて、そして、観る機会をいただけるという。ありがとうございます!

 

映画はかわいいタイトルバックから始まって。。。

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オープンカーや人形など、当時のおもちゃが次々出てきてめちゃかわいいのです♪

若く爽やかな美男美女の恋と(と、大人の男女のノスタルジーと)芸達者なコメディアンの方達の絶妙な按配で、結論は分かっているけど楽しめる安心の恋物語の展開と、次々押し寄せる笑いどころで、あっという間に終了。「花嫁シリーズ」ってシリーズものになっているようで、そして番匠監督は喜劇の得意な監督さんであったということで、なるほど!という感じ。「釣りバカ日誌」を作った松竹らしい、ほんとにいい人たちばかりの庶民的な、素直に楽しめる映画でした。

 

お笑い担当の役者陣は、もう、出てくると必ずなにか笑いをとっていく、そして、それが本筋の流れを邪魔していない、という素晴らしさ。“若旦那”の俊男を心配してあれこれ世話を焼く番頭さん・桂小金治さん、俊男の師である演出家の亀山・八波むと志さん(実は八波さんは今回初めて拝見したのですが、由利徹さんと同じ脱線トリオの方だったのですね)、呉服問屋の番頭さん・芦屋雁之助さん、高利貸しで政代に横恋慕する南都雄二さん、そして常造が京都で宿泊する旅館の番頭さん・藤山寛美さん、みなさん、普通のお芝居を担当する俳優陣(主演の3人や佐野周二さん、高峰三枝子さん)を巻き込みながら、心地良い笑いを提供してくれます。まじめなお芝居と笑いの部分が、ほんと上手く行ったり来たりしていて、違和感がないのですよね。

どう面白かったか、はネタばれになりますのでwここで詳しく書きませんが(∀)(一つだけ!東京ゴム糊とかいう会社名だけで何度も笑えるんですけど)こういう面白い映画が、ソフト化もされず、配信もかからず。。。旧作邦画に詳しい方なら有名なシリーズなのだと思いますが、一般的には寅さんのような知名度がないわけで…知られずにあるなんて、ほんと勿体ないなぁって思うのでした。

 

恋の物語のほうは、俊男を巡る三角関係・・・なのですが、そこは”明朗超特急”なんて惹句がついてるだけあるな、って展開。

京子はいまどき(!?)な感じで、おばあちゃんに借金で傾く呉服問屋の立て直しのために政略結婚させられそうになりつつも、自分の結婚相手くらい自分で探す!と言い切り、俊男のこともボーイフレンドとしてあっけらかんと周囲に話します。

早苗は倍賞さんが演じていることもあって、レビューのシーンが多く入れられていて、普段のところはあまり描かれていないのが残念なのですが、素直な下町っ子、という雰囲気。

俊男は、輝雄さんの素直そうな雰囲気が感じられるキャラクターで、京子のサンドイッチを頬張り、互いの部屋を行き来して、なんて設定なのに、なんというか天然な感じで嫌みがない(笑)ありがたく世話になります!みたいな男の子。

俊男×京子は隣の部屋で親密に行き来している感じがあるのに対し、俊男×早苗は劇場と劇団を介してのシーンが殆どで二人きりのシーンはあまりなくて、形勢はかなり早苗に不利な設定。でも、俊男がそんな感じなので、京子のアプローチもあんまり効果がなさそうで、三人の恋の行方はどうなるのかな!?と思いつつ、やっぱりどこか安心して観ていられるのでしたw

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早苗といるときは、大体他の誰かも一緒で(^-^;)(しかし、ほんと文句ないハンサムさんぶり٩(๑❛ᴗ❛๑)۶)

 

 

さて、輝雄さんご出演となるとやっぱり本筋と関係ないことも書きたくなるので、ちょっとだけw「今年の恋」に始まって、「泣いて笑った花嫁」で終わっている1962年。どちらもコメディなのですが、「今年の恋」に比べると、その後に撮っている作品だというのに、ちょっとコメディの演技に苦労しているように見えて、順調に上手くなってる訳じゃないというのが不思議。+゚(*ノ∀`)小津作品にも石井作品にも馴染んじゃう輝雄さんですが、このコメディにはなんとなく漂う存在の違和感があります(笑)ここまで色んな作品を拝見して、監督によって演技の質が違うような気がするのですが、これも監督の演出の違いなのかもw

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「今年の恋」に続き!?背が高くて頭ぶつけちゃうネタw

 


最後に一つ。映画の展開については不満がないわけでもなくてw佐野周二さんと高峰三枝子さんの大人の二人の恋物語にも、しっかりストーリーが用意されています。ただ、こっちにも時間が割かれている分、若い三人のお話の時間が足りない。だから、”花嫁”とかいうタイトルなのに、くっつくべき二人がくっつきそうでよかったなぁ!で、話は終わってしまって、ちょっと消化不良。だから、どのあたりが“花嫁”なのさ!?という感じなのでしたw

小津安二郎監督「麦秋」

「まぁ、私たちはいいほうだよ」そう思ってくれていたら、と思う。

 

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【映画についての備忘録その52】

小津安二郎監督×原節子主演「麦秋」(1951年)

 

 

北鎌倉に暮らす間宮家は、周吉(菅井一郎)と妻の志げ(東山千栄子)、長男・康一(笠智衆)とその妻の史子(三宅邦子)と子供2人、そして長女・紀子(原節子)の大所帯である。

28歳になってまだ独身の紀子に、ある時、上司の佐竹(佐野周二)が、縁談を持ちかける。善通寺の名家だという縁談相手に、周吉夫婦も康一夫婦も乗り気になる。ところが相手が40歳だと聞いて、志げのほうは紀子がかわいそうだと曇った表情に。紀子の年齢もあるのだからと、康一はそんな母親を叱るのだが、とうの紀子のほうは乗り気のようでいていつまでもはっきりとした返事をせず、両親や兄夫婦を心配させるのだが・・・。

 

 

今回の小津作品は「麦秋」。娘が嫁ぐ日までの家族のありようを面白く描きながら、最後は見送る側の優しさと寂しさみたいなものを感じさせて終わるのは、これまで観た嫁入りもの(そんなくくりあるのか!?)「秋日和」とか「秋刀魚の味」と同じでした。

ただ、「麦秋」は他の二作と違って、大家族、そして1951年という、まだ、戦争の傷跡が残っている時代であるが故、また少し、映画から受ける印象も異なっていて。今と変わらない日常の風景に笑いながら、それでいて、喪失感からくる寂しさみたいなものをより強く感じさせて終わるのでした。

 

と、ちょっと寂しい出だしですが、基本的にはやっぱり、私がいメージする小津監督らしい、なんでもない日常を切り取った映画で、笑って観ている時間は多くて。

 

28歳独身の紀子。女学校時代の友達4人で集まると、独身組と既婚組で分かれて、面白おかしく言い合いになります(笑)特に同じ独身組のアヤ(淡島千景)とは、仲良くてしょっちゅう会っています。

既婚組の愚痴を聞くと、「結婚しないから自由だわ!」とからかい、からかわれた既婚組は「実績がないのに言う権利ないわよ!」なんて言っていますw鎌倉の紀子の家で4人で集まろう、と話していたのに、当日は既婚組はダンナさんの事情に引っ張られて、結局参加できなくて、”ふられちゃう”二人。この辺の感覚、昔から変わらないんだなぁ、っていう(笑)学生時代からのノリできていたのが、結婚を機に少しずつ変わっていくのは、いつの世でも女性の間では同じ事のようです。

  

なかでもめちゃめちゃ笑ったのが勇と実の兄弟。とくに弟はちょうど我が子くらいの年齢なので、クスクスし通し。

ポリポリ掻きながらぼんやりとお目覚め(笑)朝ご飯前に顔を洗いなさい、と言われると、適当に洗面所まで行って戻ってきます。戻ってくるのがずいぶん早いので(笑)洗ってないでしょ?と紀子に言われるともう一度洗面所に行き、タオルだけ濡らして戻ってきます(笑)やっぱり洗ってないことを指摘されるんだけど「嘘だと思うならタオル濡れてるからみてよ」みたいな口答えwしれっとこういうバレバレバレの嘘を言ったり。

おじいちゃんに爪を切ってもらってきちんとお行儀よくできたので、ご褒美に飴をもらうのですが、「おじいちゃんの事好きって言ったらもっとあげるぞ」と言われて「大好き」を連発して、沢山もらったあとで平気で「大嫌い」って言ってみたり(笑)

気遣いなんて頭にない子供は、実は結構大人目線でいうと残酷なことを平気でやったり言ったりするっていうことを(笑)ほんとに自然に物語のなかに入れていて、笑いを誘われるのです。

 

大人だけでケーキを食べてたら子供が起きてきて慌ててケーキを隠してみたりとか(笑)誰にでも経験のあるような日常の連続。大家族だからそれぞれの世代の面白さが描かれていて、それ故に、最後の寂しさが際立って響いてきます。

 

周吉と志げは大家族のやりくりは康一夫婦に任せ、博物館に2人ででかけたり余生を過ごす、といった感じ。紀子の結婚が決まれば大和の兄のところへ引っ越すつもりでいます。

そんな穏やかな二人の、その奥底にしまっている深い思いをわずかに見せ、そしてとても心に響くシーンがありました。それが、次男について語る場面。間宮家にはもう1人、戦争に行ったまま帰ってこない次男坊がいます。映画の最初からその影はチラチラと見えていたのですが、中盤で、次男の同級生・謙吉(二本柳寛)の母親と話しているシーンで、そのことがはっきりと、見ている側の目の前に現れます。周吉はもう帰ってくることを諦め、しげはまだどこかで生きている望みを抱き、ラジオ放送に耳を傾けている。それ以上のことは語りません。

康一は医者で間宮家もその友人たちもそれなりに豊かな生活を送っているように見えていたなかで、1951年、戦争、というものを意識させられ、当時の人たちの、豊かになっていく過程でしっかりと刻み付けられている悲しさみたいなものを突如として突きつけられたような感じがして、とても印象的なシーンでした。

 

縁談の相手が40歳だと知って紀子の心配をする志げ。紀子のことを心配して、逆にそんな志げを叱る康一。紀子が自分で決めた予想外の結婚相手に慌てて本気で心配をする家族。そんな子供たちの成長に、「自分一人で大きくなったような気でいて」とどこか寂しく思いながら子供達の意志に任せている周吉と志げ。そして、義姉だけれど本当の姉妹のように紀子のことを心配する史子や、子供たちには子供たちの理屈があるってことまで。それぞれの人物がきちんと描かれています。紀子が主役のつもりで観ていたら、気がついたら家族全員が主人公のような映画なのです。だから、紀子の結婚のあとで、その個性のある家族たちがバラバラに暮らしていくことになる喪失感をすごく感じて。。。

 

次男を失い、娘は遠くに嫁ぎ、家族の思い出のつまった鎌倉の家から離れ…。大和で暮らし始めてからの二人の気持ち。それが―「まぁ、私たちはいいほうだよ」―。周吉が志げに言った台詞です。

私はもうすでに両親はいないのですが、小津作品を観ていると、自分の親のことを思い出したり、考えることがあります。そして、今作のこの台詞。豊かな家ではなかったし、最後は生まれ育った地元を離れて大阪にいる姉のもとで暮らし…と、元気だったころとはまったく違う形になった人生の最後の数年。ただ、子供たちはそれぞれ独立して我が子を育て、一生懸命に生きています。だから、うちの両親も「まぁ、私たちはいいほうだよ」と、そう思って終わってくれていたらいいな、とこの映画を観て思ったのでした。

 

 

またもや松竹大谷図書館で50年前の吉田輝雄を追っかける

久しぶりに行ってきました!松竹大谷図書館。 

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もう、これはミーハーというかオタクというか、にふりきった、まさに自分のための備忘録(∀)吉田輝雄さんについての「かっこいい!」って感想とあれこれの想像で埋め尽くされていますので。+゚(*ノ∀`)図書館の感想を期待して開かれた方はスルーしてください。

 

去年の7月以来かな。今回も近くで10時から朝ごはんを食べ、図書館に向かい、文字通り、飲まず食わずでw保育園のお迎えに間に合う夕方近くまで引きこもっておりました。ここにいるとあっという間に時間がすぎちゃうのです!楽しい♪

 

 

今回の一番の目的は小津監督が書かれた「大根と人参」のプロット(なのか?とにかく資料)を読みたい、というもの。ところが、これは残念ながらなくて(あとで「小津安二郎全集」という本に収録されていて、地元の図書館で借りられることに気づいたんですけどσ(^_^;)、ということで、あっさり次の目的に。「吉田輝雄三昧するぞヾ(o´∀`o)ノ」ということでwいつも通りに!?輝雄さんのご出演作の資料(公開時の新聞記事などを切り抜いたスクラップブックやプレスシート)でまだ見れていなかった「続・愛染かつら」と「女弥次喜多 タッチ旅行」、それから去年見たけどもう1回見直したい!と思った「愛染かつら」と「日本ゼロ地帯 夜を狙え」の資料を見てきました。

 

 

「女弥次喜多 タッチ旅行」のほうは輝雄さんのことはほとんど載ってなくて(ってか、62年、64年と体調を崩して入院しておられるようなので、こんな役で酷使しないで休ませてあげて!って思ったんですけど)、色々読み飛ばしてw記憶に残ったことは、最初は鰐淵晴子さんが主演の予定だったけど体調崩して牧紀子さんに変わったこと(弘田三枝子さんとの並びも鰐淵さんのほうがまとまってただろうな、と思って納得でした)、岩本多代さんを松竹が「第2の岩下志麻」的に売りだそうとしていたこと(驚き)、あと、上村力監督の第1作「愛する」が面白そうで見てみたくなったこと、でした。読み飛ばしすぎw

 

はい、で、さてさて本題の備忘録。

 

「続・愛染かつら」(1962年公開)

まずはスチル写真。輝雄さんも茉莉子さんもキレイで、二人が向き合って抱き合う写真とか、もう、ほわ~っ(っ´ω`c)となってしまいます。ほんとにキレイ、このお二人。目の保養。

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自分の持っている「続・愛染かつら」のスチル写真。他にもきれいなお二人の写真がいっぱいでした♪

スクラップブックの記事は、戦前の物語を1962年に置き換えるにあたっての苦労とか、輝雄さん×茉莉子さんの組み合わせについて(これで3作目)、そしてロケ地について、といった内容。

「愛染かつら」の続編は元々考えてはいなかったようで、前作のヒットをうけて作成した様子(ヒットしたら作ろう、とかはあったでしょうけど)。前作は東京と京都でしたが、今回は北海道。北海道は同じくメロドラマのヒット作「君の名は」でも舞台になっていたようで、これにあやかって、ということのようです。

前作の「愛染かつら」が、これはこれできちんと完結しているので、現代版の続編を作るにあたって、中村監督は2人のすれ違いや離れ離れになるハードルをどう作るか(戦前のものは従軍医師として大陸に渡る浩三と歌手として慰問するかつ枝のすれ違い、という感じだったようです)、かなり苦心された様子。このすれ違いを描く難しさに中村監督も「次回作はもう考えられないよ」と撮影時からコメントされておりました(笑)

すれ違いだらけの「愛染かつら」、続のほうも同じくで、二人一緒のシーンはやはりあまりない様子。でも、予告編のために二人一緒のシーンを北海道で撮影されたりしていたようで、そして、スチル写真にもツーショットがいっぱい(そりゃ、本編で会わなくても二人の一緒のシーンが見たいですもんね)!というわけで、本編だけじゃなくて予告編も入れて、ぜひソフト化を!松竹さん人´ω`)オ

 

そして、この映画のスクラップの記事で一番印象に残ったのが、宣伝用の浩三様とかつ枝さんのツーショット撮影のお話。輝雄さんは自前の背広に銀座で作らせたというハイ・カラーのYシャツ&濃紺のネクタイというスタイルでこの撮影に現れたそう。で、中村監督と茉莉子さんに「よろしく」と挨拶をしたとたんに、二人から「いかしすぎてるよ」「浩三さん、もっと野暮ったくしてくれないかな」と注文をうけてあわててネクタイを取り替えた、と(笑)

さすが元モデル!というよりも(笑)、デビューしてからまだ2年そこそこで、飛び抜けたハンサムさん故(この理由は私の勝手な思い込みですが(∀)多分、間違いないでしょう)、松竹でも主演俳優になり、大物監督の作品で大女優さんの相手・・・も、まだなんだか役者慣れしてなくて、役より前に地がでちゃったのね(っ´ω`c)という感じ。

他にも、このときもまだメロドラマを演じるにあたって照れくささがぬけていなかったようで、「役者なんだから照れてちゃダメだよね」みたいなコメントがあって、俳優としてまだまだ手探りな若き吉田輝雄のエピソード連発で、「なんという、かわいらしさ(´▽`)」と男子を子育て中の兼業主婦は、息子の成長を見守る母親のような気分で、資料を眺めていたのでした(´▽`)

 

そして、ポジフィルムもスクラップブックに貼り付けてあったのですが、この中に詰め襟の学ラン姿を発見!「男の世界だ」でも学ラン姿を拝見していますが、このときはめちゃめちゃ自然で、役柄どおりいかにも大学生って感じでしたが、あれから2年経って、漂う違和感(笑)でもカッコいいヾ(o´∀`o)ノ

 

茉莉子さんは、インタビューでは「松竹のヒットは私と吉田さんを組ませたことね」みたいな余裕のコメントで、さすがスター女優!って感じ。前作は看護師の庶民的な服装が多かったかつ枝さんですが、“続”のほうは売れっ子歌手として、服装も華やかに。茉莉子さんはこういったドラマのヒロインの型を現代的にしていくのに苦心されていた様です。

 

そして、「続・愛染かつら」の撮影のときに同じくこの時期に人気のあった映画「あの橋の畔で」の撮影とかぶっていて、メロドラマをひっぱるコンビ2組、といった感じでこちらの主演の桑野みゆきさんと園井啓介さんと、輝雄さん、茉莉子さんで撮影会みたいな記事もありました。お互い、相手を変えての映画も撮影していて(輝雄さん×桑野さんは「求人旅行」があったり)、仲良そうな感じ。園井さんは「ゴールドアイ」(悪役)と「夜の片鱗」しか見てないからかもですが、やはりこの4人の並びではどうにも地味な感じがして。。。ちょっとかわいそうでした(^-^;)どう考えてもこの2人では格好良さのレベルが違う。+゚(*ノ∀`)

 

 

こっからは見返した資料の備忘録。

「愛染かつら」(1962年公開)

こちらは、すっかり忘れていたけど、戦前の映画のスチル写真などもしっかりスクラップブックのなかに。中村監督は戦後にこの作品を編集して上映したときに編集を担当されていたそうで(読んだはずなのに忘れてた)、その縁もあっての監督起用かな、なんてお話が。

 

輝雄さんについては、人間性をベタ褒めの記事がたくさん。うむ、演技は硬いからね、ほめにくいね。+゚(*ノ∀`) 当時の若者向けの雑誌には見開きで輝雄さんの記事。新東宝時代の宣伝課長だった方のコメントなんかも出ていて、”顔も中身もいいヤツ”って感じ(だから、“全女性あこがれのハンサム”とか“吉田輝雄の魅力をこの一作に集中”とかいう惹句ができあがるのね!とw)。その記事にあったスーツを着て爽やかに微笑む立ち姿とか、ほんとに1962年の男子なの!?って感じで、なんというか、とても今っぽい格好良さなのです(・∀・)

 

松竹に入ってから、「今年の恋」(ラブコメ)→「男の歌」(アクション)ときてメロドラマの「愛染かつら」と、全くカラーの違う作品に出ていた輝雄さん、「何が向いているのか分からない」と考えておられたよう。それに対して佐田啓二さんからは「今はとにかく色んな役をやって役者としての魅力をつけろ」的なアドバイスをもらい、茉莉子さんは「会社もちゃんと考えてくれてるから大丈夫」みたいなアドバイスをしていて、そして、中村監督には「アクションやってたから目つきがキツイけどセンスはいいぞ」とか言われ(これは褒めているのか??)、松竹の新人となった輝雄さんをみんなで盛り上げてる感じが伝わります。

 

1970年の渋くてかっこいい吉岡さん(「ゴールドアイ」)が最初に吉田輝雄さんを観た作品だったので、大人の格好良さ全開の人が子供扱いされているよ!って感じでかわいくて(なお、プレスシートなどには1962年のホープと書かれておりました。「黄線地帯」の予告編は1960年のホープ、ってなってたな、とかw)、去年の1月に見て以来の再見は、前回と違う視点で(´∀`*)となる時間でありました。

 

 

「日本ゼロ地帯 夜を狙え」(1966年公開)

今回ついに、映画そのものを観ていないというのに、我慢できずにw完成台本を読んでしまい(笑)そして、当時のスクラップブックを再見。スクラップブック、前回はたしか7月に来たときに見ていて、それ以来。

 

輝雄さんのフィルモグラフィを見ると、「夜を狙え」の前年が、テレビドラマ版「愛染かつら」など殆どテレビしか出演されていません(それでも視聴率40%越えで人気だったようです。そして、映画は2作だけ。しかもそのうちの1作は友情出演みたいな感じのようで)。

これについて、”吉田輝雄は干されている”とマスコミでささやかれ、松竹でも噂されているけど、どうなの?って感じの、ご本人のインタビューを含む解説記事があり。65年の映画の少なさは私もフィルモグラフィ眺めながら「なぜなんだろう?」と気になっていたことだったので、これをあらためて読んで勝手に想像して色々感慨深くなったりw

記事に書かれていた要因は・前年にご結婚されたことをマスコミに報告してなかったことで週刊誌にゴシップネタにされる・体調をくずしていた(何度か入院されています)・そういう状況で30歳になって若手から中堅への切り替え時期であり、下の世代が出てきたこと・メロドラマのイメージが付きすぎて、その状態で映画界の流れがメロドラマと異なる方に流れていったことで松竹も使いにくくなった。。。とか。で「愛染かつら」の頃からみて、時流に外れてしまったという感じをご自身が抱えていたところで、石井監督が松竹で映画を撮ることになり、直接声をかけてもらったのが「日本ゼロ地帯 夜を狙え」。

石井監督に声かけられて嬉しかったというのと、「ここからまたやってやる!」って気持ちがめちゃめちゃ感じられる記事で。個人的に「網走番外地」とかこの作品のスチル写真なんかで見る1966年の作品の吉田輝雄は、渋さと色気が加わってめちゃかっこいい!と思ってるんですが(どの年もかっこいいって言ってるとかいうツッコミはなしでw)、それもこういう経緯があって出てきたものなのかな、なんて想像したり(妄想爆発(゜∀゜))

 

この作品、主演は竹脇無我さんで、二人そろってのインタビューの記事などもありました。竹脇さんもこの時期、恋愛モノをやったり色々だったようで、「吉田さんはアクションもメロドラマもどっちもできるけれど、僕は女の子と抱き合っていても次に何をしたらいいのか、と思ってしまう」なんて話していて、それに対して輝雄さんは「照れてやってちゃダメだよ」とか、色々とアドバイスされていて、「あんな照れくさがってた青年が( ´艸`)」と、その俳優らしいコメントに、やはり息子の成長をみる母親のような気分になるのでした(´▽`)(そして、亡くなるまで仲が良かったとお話しされていた竹脇無我さんとは、ほんとに兄弟のような仲よさそうな雰囲気の伝わるインタビュー記事でした)。

 

で、読んでしまった台本のほうは、やっぱり、「主演じゃないのに美味しいところは吉田輝雄が持って行きます!」でした。「女体渦巻島」の信彦のように、愛する女性のために生き、ただ、その女性には裏切られ。。。という切ない展開。戦時中~戦後、そして現代(1966年)と続く話で、輝雄さん演じる橘は学徒出陣して復員兵として戻ってきて―。で、この復員兵姿、スクラップブックの白黒写真しかないんですけど、すんごいかっこよくて(あとでSNSを通じて映画のキャプチャ画像をいただき、まさに、息が止まるかと思った!って感じのかっこよさでした(≧∀≦))、台本みてますます見たくなってしまったのでした。これもなぁ、「大悪党作戦」「神火101 殺しの用心棒」と石井監督の他の松竹作品と一緒にソフト化しておくれよ!松竹さん人´ω`)オ

 

 

というわけで、想像と妄想を働かせながら読んでいたらあっという間に時間になってしまったのでした。1度見た資料も、「愛染かつら」は映画を見る前と見た後では気になることが異なっていたりして面白くて。また、懲りずに松竹大谷図書館に行くことになりそうですw